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すごい雑談

人生はアートだ

これが私の精一杯の優しさです。

 

3時間57分

 

 

 

ハーフマラソンを走り終えるのに要した時間だ。

 

と同時に人生を無駄にした時間でもある。

 

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それは『カヤノヒデアキの乱』と題し、

ダッチワイフをおんぶしてマラソンに挑戦するといった完全に乱れた企画だった。

 

当初フルマラソンを予定していたこの企画だが、風邪をひいているのと、練習でどうしても2キロでバテることから半分にした。

 

結論からいうとその変更は大正解で、半分の折り返し10キロポイントでもうすでに限界だった。そして、人の目を気にしないための最前のトレーニングだ!これは!と思った。

 

 

 

 

・意味はないという意味、意味がないという価値

この乱れた企画には意味はない。

 

逆に、世の中には意味のあるもので溢れている。例えば鉛筆は書くため、コップは水を飲むためなどなど。

昔、友人のウェディングパーティーに参加した際、ある著名人からのビデオレターがあり、その画面の中の人物は言った。「なんのために結婚したのかを忘れることなく・・・」細部までは覚えていないがそのようなニュアンスだった。

あぁついに恋までも目的や意味に浸食されてしまったのか。その時そのように感じたのを今でも覚えている。

 

幼稚園までは意味なく砂のお城を作っていたり、意味なく走り回っていたのに、ランドセルを背負い始めた時点から答えのある世界、意味に溢れた世界に没入していく。さらに大人になるにつれ、さらに埋没していく。

 

そして、あの頃はよっかたよなぁとか呟いてしまう。

その果てに、生きている意味は何なのだろか?と生きることさえも意味、正解を求めてしまう。

 

生きる意味は何なのか。と脳味噌をグルグルさせるよりも、全身を使って生きている実感をつかみ取りに行く方がよっぽど健全だ。

走りながら生きている実感を痛烈に感じながら思った。

 

先にも述べたように、世の中には意味のあるもので溢れている。故に、ダイヤモンドが価値があるのと同じように、意味がないものこそ希少でより価値があるのではないかと思う。

 

 

 

・シンパシー感じちゃう

 

折り返しポイントの10キロ地点で僕は体力的に完全に疲弊していた。

 

すると、どこからともなくドラムを叩く音が聞こえて来て、辺りを見回すと、高架下でドラムセットで演奏するひとりの男性の姿が見えた。

 

誰に評価されるでもなく、たったひとりでそこで演奏する彼に勝手にシンパシーを感じた。さらにはそのドラムの音がまるで疲弊した僕への応援歌のように感じ、また走り出す事ができた。

さらには、川沿いの土手に一本だけ生えている『つくし』を見つけた。本当に一本だけで辺りには何故かそれ以外のつくしは生えていなかった。その姿にもまた勝手にシンパシーを感じて嬉しい気持ちになった。

あぁ天はちゃんと僕のことを見ているのだと勝手に再認識した。

 

 

 

・人生、即、芸術

 

岡本太郎氏の言葉だ。「人生、即芸術」僕なりにその続きを付け足したい。

 

       人生、即、芸術。

       芸術、即、政治。

       政治、即、やさしさ。

 

芸術は正しさの世界から逸脱できる力がある。正しさを求めるなら、ピカソの絵のように人の顔は歪んでいないからだ。正しさや◯か×を超越している世界観をもつ芸術が、世の中を拡張してきたように思うし、それは政治のようでもある。

そのような政治は優しさを多いに含んでいるように思う。

 

この企画のような意味のない表現活動は僕にとっての全社会に対する精一杯の優しさなのかもしれない。

 

 

・最後に

道中、職務質問されるかもしれないなと思っていた。

しかし、結果的に警察が横を通るにも素通りだった。

 

僕は日常的に職質される。ただ居ただけなのにも関わらず。

それが今回はどうだ?ダッチワイフを背負って走っているんだぞ。

 

 

完全におかしい。。笑

 

 

 

 

・最後の最後に

 

今回の企画にあたり、再度僕にスイッチをいれてくれたSちゃん

金銭的余裕のないなかでダッチワイフ買ってもいいといってくれたMさん

このような変な人間を面白がってくれて応援してくれるHさん

 

ありがとうございます!

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