読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

すごい雑談

人生はアートだ

人類はまだ便器の可能性を知らない

それは退屈な日常とのお別れを告げに来た。

やたら拡散されている。

もちろん捨てたわけではない。

 

日常の延長線上には想定できないことに出くわすと脳はハッとする。
これは、先日の「江の島×toilet」の様子、三連休でもあったために江の島がざわついた。

 

f:id:sugoizatudan8:20161013022100j:plain

 

 

 

人生初の体験は己を拡張させる

 

これまでの人生において他者が便器に座っている図を見たことがあるだろうか?

「ない」と答える人が大半でしょう。

そして、自分が便器に座っているのを不特定多数の人に見られたことがあるだろうか?

「断固としてない」と答える人が大半でしょう。

 

なぜなら普通はそれぞれ個室になっているからね。

 

子どもの頃は新しい経験、新しい景色が溢れていて、自分というものを拡張してくれた。

しかし大人になると人生においての初体験の機会は格段に減少する。

 

人は初めての経験と同時に、はじめましての自分と遭遇する

 

他者が便器に座っている光景、またその逆の体験は己を拡張させる。

 

 

 

流動的に起きる連鎖

 

便器をおいておくと覗き込む人が多い。

 

 

f:id:sugoizatudan8:20160125191308j:plain

 

なので毎回中には仕掛けを用意しているのだけど、

 

中に「TAKE FREE」と書いてお菓子(ちんすこう)をおいたことがある。

 

覗き見るも、便器の中に手をいれることを躊躇する人が多かった。

 

しかし次第に素直に取っていく人が現れた。

 

次には自分の持っていたお菓子と交換する人も現れた。

 

次にはお菓子と小銭を交換する人が現れた。

 

すると、次には中に小銭入っていたのに気付くと、自分の財布から小銭を投げ入れ、パンパンと手を叩き、手を合わせ、お願い事をする人が現れたw

 

 

このように他者が行った行為がその先に起こることに影響を与えるような流動的な連鎖が起こった。

 

 

 

f:id:sugoizatudan8:20161013022203j:plain

inシンガポール

 

 

 

表現者と鑑賞者の垣根をなくす


僕は芸術作品が偉そうに美術館に佇んでいるのはあまり好きじゃない。

もっとパブリックにある方がいいと思っている。偉そうに佇んでいるから芸術への敷居をつくり、『私とは関係のない物』に仕立てあげる。そのため興味のない人はお金を払ってまで美術館になんて行かないし、一部の人が楽しむだけのものになっている。

美術館に足を運ばないのであれば、アート自らが押し寄せていったらいい。

 

便器が置かれた空間そのものをアート空間に、そして周囲の人も含めたアートである。

その場に居合わせた人は自分自身がアートの一部であると同時に、その世界を創りあげる表現者になる。

 

僕は美大も出ていないし、芸術を教わったこともない普通の人間なのだけど、その普通の人間がやるからこそアートをより身近にする。

 

きっと本来は誰だって表現者なんじゃないだろうか。

 

 

 

f:id:sugoizatudan8:20161013022730j:plain

 

 

f:id:sugoizatudan8:20161013024136j:plain

inカンボジア 

 

 

 

 

人類はまだ便器の可能性を知らない。

 

 

 

 

おわり

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

現在実施中のあれこれ

・ウヒウヒ超会議

・10min's

 

10.17新しい試みリリース予定!!