すごい雑談

人生はアートだ

キングダムとドラゴンボールとマゾヒズムとSNSの関係性

sugoizatudan8.hatenablog.com

Facebook離脱から数日経ち、その効果をハンパなく感じている。

 

中には自分自身の内面に籠るためにFacebookを辞めたと思っている人もいるようだけどそれは全くの逆で、むしろ外へ出るためだ。

(そもそもFacebookTwitterも全員フォローを外していて、受動的に情報をタイムラインから受け取らず能動的に覗きにいっている)

 

 

例えるなら・・・

 

 

 

キングダムでいうところでは王騎将軍が信に修行をつけるといって谷から突き落とすアレ

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ドラゴンボールでいうなら、ピッコロがゴハンを森に置き去りにするアレ

 

 

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(マンガが好きです)

 

泳げないまま海に放り出されたら死ぬか、生存したければ泳げるようになるという“強制的進化”を遂げるしか生き延びることはできない。そこに自分自身で飛び込んで行ってしまうのだからそんな私はただのマゾなのかもしれない

 

それに、

 

 

これからモテる人間サバイブ力と愛嬌のある人だと思っているので益々(?)モテ度が上がってしまうのではないかと心配してしまうほどには楽観的かつ自己肯定高いです。

 

 

よく考えたら、筋トレも同じような原理で筋繊維を破壊して回復して肥大させるというかなりのパワープレーだ。

 

 

 

生き延びるためにアイデアばんばん来ていて、もうFacebook再開してもいいんじゃないかと思う程。でもまだまだ伸びしろがありそうなのでまだ解禁はしない!

 

 

生存戦略として大きくは2つあって

①リアルの増大

Facebook以外ネット強化

 

 

・顔本

・生存券のプッシュ

・人コミュニケーションの面積を広げる

・いろんな人とコラボして仕事をする

 

 

 

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 現在5名収録。ポケモン図鑑みたいで楽しい

 

 

 

 

Twitter強化

ツイキャスなどで動画や音声配信

・面白い仕組み作り

 

どちらにせよ、今までの延長になかったところにいかないと生存できない。。

 

 

お金の奴隷にもなりたいとまた思えてきた!

 

sugoizatudan8.hatenablog.com

 

 

 

 

 

カヤノのは溺れ死ぬのか!?

エラ呼吸を身につけるのか!?

 

 

あれ?あんまり内容前回の記事と変わらなくない!?と思ったあなたはちゃんと前回のも読んでくれている神様です!!

 

 

 

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王騎とピッコロのシーンを書きたかっただけかもしれないなんて絶対に言えない。。。

 

 

 

 

【今後の動きを要チェック!!!】

 

6/9-6/11は名古屋に出没

goo.gl

 

捕まえて顔本書いてね!

コラボのお仕事も募集! 

LINE id: sa6ku4ra

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

フェイスブック辞めたら3人友達できた。リアルに埋没せよ。

先日、思い切ってFacebook(以下FB)を休止することにした。

 

 

理由は3つくらいあって

 

①最近、行き詰まりを感じていた。

いやぁ、これは本当にそうで、どうしたものかと考えていて際にこんなことがあった。

 

 

僕が見たい世界にもっといくには自分のアップデートが欠かせない。このままではそこまでいけないというリアルを突きつけられた気がした。

 

これはいよいよヤバいなと、半ば強制的に進化を遂げなくてはと思い、今自分の命綱(一番影響力が高い)であるFBを辞めようと思った。これはGOODなやつだと思ったのでその3分後には、『FBを休止』の投稿をした。それはそれは清々しい気持ちになった。

 

 

これは効果抜群で、その効果は24時間とかからずにすぐに実感できた。

 

るろ剣の宇水が視覚を失って特殊聴覚を得たように、手を失った絵描きが口で筆を操るように、それだけのアップデートを狙う。

 

が、逆に失敗すればデッドorデッド、死あるのみである。

 

FBの最後の投稿にTwitterとブログのリンクを貼ったので、さぞかしフォロワーと読者が増えただろうと思って覗いたら

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

どちらも追加ゼロ!

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・死んだ。。。

 

 

 

 

 

 

全細胞をフル稼働しながら策を練っている。

 

 

 

②リアルに埋没しろ

僕のなかの仏陀がそう言った。

これだけインターネットが普及しSNSもあり、さらにはVR(ヴァーチャルリアリティー)も登場して来た。

だからこそ逆にリアルの価値が増している気がする。

メールやチャット文化が当たり前になって来ただけに、手紙の価値はあがっているみたいな感じに。

だからというかなんというか、便利なSNSで空中戦をしていると足下すくわれるんじゃないかという気がしてならない。なのでリアルで人に会う頻度を上げて行こうと思う。

リアルを制するものが、人生を制す。

 

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けん玉が爆発的に流行ったのもテクノロジー発達によるギャップの副産物なんじゃあないだろうか。

 

 

 

 

 

③どうなってしまうのか気になって

これは本当に深い意味はなく、ただなんとなく「今FBを辞めたらどうなるんだろう」というただ好奇心だ。笑

 

 

FBを辞めたこと&リアルに埋没せよ

がかけ合わさったことによって生まれたのが・・・

 

 

“顔本”

 

 

まんまFacebookのアナログ版だ!!

 

リアルに出逢った人に顔本を書いてもらう。

 

(似顔絵はカヤノが描いてる)

 

というわけで、リアルで出逢った人は顔本ぜひ書いてね!

顔本書きたい人はぜひ捕まえてね!

 

 

 

 

LINE ID :sa6ku4ra

 

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◆イベント情報◆

6/9@名古屋シェアハウス プチトークイベント

6/11@名古屋  トークイベント

詳細:https://goo.gl/JiQuwg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は何も知らないままに勝手にはじめて勝手にやり続けている。

それには資格も必要ない

必ずしも特殊な技術を必要としない

正しさに支配されない

 

そんな世界があるだろうか?

 

それがあったんだ。

 

世の中ではそれをアートと呼ぶらしい。

 

ああ、僕の受け入れ先があったと思った。

 

 

 

僕は、美術というものを学ばずに、アートがなん何だかわからないまま、“自分の思うアート”を勝手にはじめて勝手に続けている。

 

まず、はじめにやったものが超大作で7ヶ月もの物語

『婚前道中膝栗毛』

東日本大震災の影響で浮き彫りになった原発問題。賛成派、否定派の言い争いが続くなか、行きたい世界はそこの議論ではないはずだと思い、文字通り身体を使って表現した作品。AかBかの議論を飛び越してZくらいのものを提示し、それ自体を問いとした。

 

“問題をつくりだした時と同じ考え方では、その問題を解決することはできない。”アインシュタイン

 

hizakurige8.hatenablog.com

             

 

 

 

その後、便器を街中に置くという表現をはじめる。

sugoizatudan8.hatenablog.com

 

しばらくやり続ける中で、僕の他にも便器を使ったアーティストがいるのだろうか?

とネット検索したところ

マルセルデュシャンという人物にぶちあたった。

彼は現代アートの父とも呼ばれ、アート業界ではその名を知らない人はいないくらいの有名人のようだ。しかし、僕はアートの歴史も形式もなんにも知らないので知るはずのない。

その彼に興味を持って調べてみると面白いことが分かった。

僕がトイレアートを本腰入れようと思ったのが今年2017年、彼がトイレを使った作品「泉」を発表したのが1917年。ジャスト100年前。

僕の生誕年が1987年、彼が1887年。僕が生まれたジャスト100年前に生まれている。

 

どうやら縁がありそうな臭いがする。

 

そんなこんなで勝手に始めて勝手にやり続けていたら、友人のMAYUCHAPAWONICAとの共同作品(作成中)を展示するという機会をいただけた。

僕ら以外はみんな芸大関係者達というんだから何とも不思議である。

 

なんだか、こうしてBlogを書いていて言うのもあれなんだけど言語が苦手だ。

言語は単語の意味付けも人それぞれ違う。それに、例えば『好き』にもいろんなグラデーションがあったりする。言語では伝えられない“何か”を非言語では届けることができるから非言語が好きだ。

開催中の期間では、作品を通して非言語コミュニケーションがとれたらなと思う。

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日時:2017年4月22日(土)~5月6日(土)
  

定休日:火曜日

時間:16:00~21:00 
   ※最終入館20:30

会場:東京都文京区根津2-19-8 元銭湯「宮の湯」

入館料:1,000円(学生は300円)

 

 

メディア掲載

銭湯は遊び場だ。クリエイターがジャックする | GLITTY

 

 

◆4.23展示会場である銭湯でのトークイベントMAYU&カヤノ

4/23 アート展@銭湯でスーパーなおしゃべり

 

 

作品作りに苦悩するMAYU、「自分の中の惰性で作品を作ろうとしていた」と言って、自分というものを拡張し、挑んでる姿を見て、この人と一緒に作品作りに臨む事ができてよかったなと思った。

まだ見ぬ自分に出逢いに行こうか。

 

Webサイト

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これが私の精一杯の優しさです。

 

3時間57分

 

 

 

ハーフマラソンを走り終えるのに要した時間だ。

 

と同時に人生を無駄にした時間でもある。

 

ーーーーーーーー

 

それは『カヤノヒデアキの乱』と題し、

ダッチワイフをおんぶしてマラソンに挑戦するといった完全に乱れた企画だった。

 

当初フルマラソンを予定していたこの企画だが、風邪をひいているのと、練習でどうしても2キロでバテることから半分にした。

 

結論からいうとその変更は大正解で、半分の折り返し10キロポイントでもうすでに限界だった。そして、人の目を気にしないための最前のトレーニングだ!これは!と思った。

 

 

 

 

・意味はないという意味、意味がないという価値

この乱れた企画には意味はない。

 

逆に、世の中には意味のあるもので溢れている。例えば鉛筆は書くため、コップは水を飲むためなどなど。

昔、友人のウェディングパーティーに参加した際、ある著名人からのビデオレターがあり、その画面の中の人物は言った。「なんのために結婚したのかを忘れることなく・・・」細部までは覚えていないがそのようなニュアンスだった。

あぁついに恋までも目的や意味に浸食されてしまったのか。その時そのように感じたのを今でも覚えている。

 

幼稚園までは意味なく砂のお城を作っていたり、意味なく走り回っていたのに、ランドセルを背負い始めた時点から答えのある世界、意味に溢れた世界に没入していく。さらに大人になるにつれ、さらに埋没していく。

 

そして、あの頃はよっかたよなぁとか呟いてしまう。

その果てに、生きている意味は何なのだろか?と生きることさえも意味、正解を求めてしまう。

 

生きる意味は何なのか。と脳味噌をグルグルさせるよりも、全身を使って生きている実感をつかみ取りに行く方がよっぽど健全だ。

走りながら生きている実感を痛烈に感じながら思った。

 

先にも述べたように、世の中には意味のあるもので溢れている。故に、ダイヤモンドが価値があるのと同じように、意味がないものこそ希少でより価値があるのではないかと思う。

 

 

 

・シンパシー感じちゃう

 

折り返しポイントの10キロ地点で僕は体力的に完全に疲弊していた。

 

すると、どこからともなくドラムを叩く音が聞こえて来て、辺りを見回すと、高架下でドラムセットで演奏するひとりの男性の姿が見えた。

 

誰に評価されるでもなく、たったひとりでそこで演奏する彼に勝手にシンパシーを感じた。さらにはそのドラムの音がまるで疲弊した僕への応援歌のように感じ、また走り出す事ができた。

さらには、川沿いの土手に一本だけ生えている『つくし』を見つけた。本当に一本だけで辺りには何故かそれ以外のつくしは生えていなかった。その姿にもまた勝手にシンパシーを感じて嬉しい気持ちになった。

あぁ天はちゃんと僕のことを見ているのだと勝手に再認識した。

 

 

 

・人生、即、芸術

 

岡本太郎氏の言葉だ。「人生、即芸術」僕なりにその続きを付け足したい。

 

       人生、即、芸術。

       芸術、即、政治。

       政治、即、やさしさ。

 

芸術は正しさの世界から逸脱できる力がある。正しさを求めるなら、ピカソの絵のように人の顔は歪んでいないからだ。正しさや◯か×を超越している世界観をもつ芸術が、世の中を拡張してきたように思うし、それは政治のようでもある。

そのような政治は優しさを多いに含んでいるように思う。

 

この企画のような意味のない表現活動は僕にとっての全社会に対する精一杯の優しさなのかもしれない。

 

 

・最後に

道中、職務質問されるかもしれないなと思っていた。

しかし、結果的に警察が横を通るにも素通りだった。

 

僕は日常的に職質される。ただ居ただけなのにも関わらず。

それが今回はどうだ?ダッチワイフを背負って走っているんだぞ。

 

 

完全におかしい。。笑

 

 

 

 

・最後の最後に

 

今回の企画にあたり、再度僕にスイッチをいれてくれたSちゃん

金銭的余裕のないなかでダッチワイフ買ってもいいといってくれたMさん

このような変な人間を面白がってくれて応援してくれるHさん

 

ありがとうございます!

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美しいものに触れるだけ美しさは増すんじゃないかと僕は思いました。

その空間はカオスだった。

 

 

 

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便器を持って来いと言われ、あるイベントに参加した。

 

もともとはある大学生の女の子の卒論発表だというそのイベントは最終的に、ブース出店があったり各々の発表があったり便器がおいてあったりというカオス的なイベントに昇華していた。

 

 

▶︎間違えてもいい雰囲気がパフォーマンスを向上させる

この空間は言ってみれば間違い探しをするまでもなく間違いだらけ。

ピエロはいるし、無造作に便器がおいてあったり、主催の女の子も完璧というには程遠い抜けているとことが沢山ある。

そんな空間だったからこそ、リラックスでき堂々と間違えられたり、不完全のまま表現ができたのではないかと思っている。

 

▶︎未完成の美

主催の女の子が集めた謎の人物達がさまざまな発表を行った。

熟練、洗練された上手な表現もいいのだけど

不完全の荒削りだからこそできる不格好で、もろく儚いその表現に心震えた。

 

 

 

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舞を披露した彼女は踊る前に「私自身のために踊りたい」と語ってくれた。その眼の奥には弱々しくかつ力強さを潜めていた。

 

美しかった。

 

きっと美しいものに触れれば触れる程に自分の心も美しくなるんだと思った。

 

 

▶︎言語化できないものこそ良い

「上手く言葉にはできないけど・・」イベント中何度もその言葉を聞いた。

そういうものこそ本物な気がしている。

言語なんて既存のもので数もたかが知れていてその中から自分の感情の適切な言語表現を見つけようなんていう方が難しい。

このイベントの感想をまとめようとするのが無粋といってもいいくらいに素晴らしい空間だったと思う。

 

カオスの先に本当の意味での調和があることを体感できたし、未来へのヒントが詰まってた。

 

 

 

 

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(この写真エロいい)

 

 

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このイベントの基軸になった大学生へのリスペクトが増した。そんな彼女の『生存券』をこっそり購入した。彼女は生存券なんて販売していないけど笑

 

 

(これら写真は土田さん撮影)

 

 

トイレ男イベント出演依頼はsugoizatudan@gmail.com

2.27はトイレを使ったライブパフォーマンス『Silentー沈黙ー』の予定だよ